熱と誠

 04, 2013 09:22
◆致知出版社の「人間力メルマガ」-----2013年5月4日 ◆



日本の近代医療の礎を築き、世界の医学史に
      その名を残す細菌学者・北里柴三郎。

      医道の追究に生涯を賭し、国家発展のために尽くした
      一灯照隅の生き方を、曾孫の北里英郎氏に
      語っていただきました。
 
     『致知』最新6月号より、記事の一部をご紹介します。

         北里英郎(北里大学医療衛生学部長)
 
               
              『致知』2013年6月号
               特集「生涯現役」より


└─────────────────────────────────┘


一八九一(明治二十四)年、
ベルリン滞在中の北里柴三郎を、一人の青年が訪ねてきた。

ストラスブルグ大学留学中の医化学者で、
後に京都帝国大学総長となる荒木寅三郎である。

当時三十八歳だった柴三郎は、
こんな言葉で彼を勇気づけた。


「君、人に熱と誠があれば、何事でも達成するよ。
 よく世の中が行き詰まったと言う人があるが、
 これは大いなる誤解である。

 世の中は決して行き詰まらぬ。

 もし行き詰まったものがあるならば、
 これは熱と誠がないからである。

 つまり行き詰まりは本人自身で、
 世の中は決して行き詰まるものではない。

 熱と誠とをもって十分に学術を研究したまえ」


寅三郎はこの言葉を心に深くとどめ、一心に研究に打ち込んだ。
結果、恩師であるホッペザイレル教授の信用をますます得て、
医化学者として大成したという。

当時の日本は開国からまだ日が浅く、
近代医学においては欧米諸国の後塵を拝していた。

そんな中、様々な障壁と闘いながらも
自ら道を切り拓いてきた柴三郎が、その体験に基づき、
伝えようとした一つの信念だったのだろう。






以前、仕事が超忙しい時がありました。
それは丁度、桜が咲く季節でした。

そんなある日現場にいると、風に舞う桜の花びらが目に映りました。
もう散り始めていたのです。

「あー、今年は桜の花も美しいと感じる余裕が無かったな・・・」

当然、その頃の日常は桜の花も見えていたと思いますが、それを見て綺麗だとか、春だとか、和む、とか全く感じられなかったのです。

世の中は淡々と流れています。
春が来て夏、秋、冬・・・朝が来て昼、夜・・・淡々と刻々と。

桜の花は綺麗なのにそれを感じられない・・・
良い音楽にしてもしかりです。
自分の心がそうさせているんですね。

全ては自分の心が決めているんだな、と思いました。


ある一つの事を良い事と捉えるか悪い事と捉えるかもその人の受け取り方次第。


自分が苦しい時、
世の中が苦しいことはない、もし仮に世の中が苦しいとしても
それに同化して紛れてそれを自分の隠れ蓑としてはいけない。

しっかりと課題と向き合い熱と誠を持って臨みたいものですね。


今日は
今朝のメルマガからの引用と感じた事を書きました。

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